国鉄時代から見れば、確かに「モノ売り」が駅、列車で減ってきていると思う。子供の頃は、列車の窓を開けてお弁当売りを呼んでお弁当を買う、なんてもの普通であった。また車内販売も随分と充実していた。平たく言えば車内での食べ物はかなり高い確率で購入できる環境であったと思う。また、駅構内で買うものはお土産ではなく車内で食べるものが多かった。
昨今は窓が開かない車両も多いし、車内販売もいろいろな物を売るようになったから状況が変わったのだと思う。なんか非日常での買い物なので、何気ないものを買っても嬉しいものだ。その辺を考えれば車内販売や駅ホームの販売は価値が眠っていると思う。
列車の車内販売を終わらせてはいけない理由
ITmedia ビジネスオンライン 5月20日(金)8時7分配信
ローカル線廃止、夜行列車廃止に関する議論の中で、「鉄道会社の経営努力」が問われる。赤字の理由は利用者の減少というなら、企業側は利用者を増やす努力をしたか、という声が上がる。これらは毎度おなじみの炎上案件だ。
地域や路線ごとに事情が異なるから、すべて鉄道会社の努力不足とは断罪できない。しかし、車内販売については言える。廃止は機会損失だ。売る工夫をすればビジネスとして成立する。その工夫がない。もったいない。
例えば、寝台特急「サンライズ出雲」「サンライズ瀬戸」だ。
夜行列車としては日本で最後の定期運行列車となった。2つの列車は岡山駅まで連結して走り、下りは東京発22時00分。サンライズ出雲は終着駅の出雲市に09時58分。サンライズ瀬戸は高松駅に07時27分に着く。観光シーズンには琴平駅まで延長運転する。琴平着は08時52分である。上り列車は出雲市駅を18時51分発、高松駅を21時26分発、東京駅に07時08分着だ。
このサンライズ出雲、サンライズ瀬戸の車内販売は飲料販売機。そしてシャワーを利用できるカード。それだけだ。東京〜出雲市は下り約12時間、上りは約13時間。東京〜高松は下り約9時間半、上り約10時間。全区間を乗り通す利用者にとって、のども渇くし腹も減る。飲料販売機は30個もボタンをそろえながら、同じ商品ばかりズラリと並べて選択肢は数種類しかない。非常持ち出し物資みたいだ。
従って、サンライズ出雲、サンライズ瀬戸に乗る場合は、乗車前の飲食物確保が重要である。きっぷを買うときに親切な窓口担当なら助言してくれる。これらの列車を紹介するテレビ番組や雑誌でも「事前に買い物を済ませましょう」が慣用句になっている。JR側も心得ていて、出発駅の売店を遅くまで開けてくれる。
いやいや、心得る方向が間違っていると思う。車内で温かな食べ物、スープ、味噌汁、缶入りよりマシなコーヒー、乗車記念グッズなどを入手したい、という要望に対しては心得てくれない。
●316人の財布が眠ったまま
ところで、サンライズ出雲、サンライズ瀬戸は、しばしば「女性に人気」と紹介されている。木のぬくもりをイメージした落ち着きのある空間、個室中心の寝台。2人用個室もあり女子旅にオススメ、という。私が何度か利用したときも、確かに女性の2人連れをよく見掛けた。出雲大社は縁結びの神様だし、山陰地方自体が女性に人気の観光地でもある。
しかし、ここで重要なことは性別ではない。男性も含めて「観光客」が多いということが重要だ。野暮なことを言うけれど、観光客は「おカネを使いに行く人」である。財布の中には普段より現金がたくさん。おカネはなくてもクレジットカードが入っている。「スリや置き引きに注意」と車内放送されるくらいだ。
サンライズ出雲の定員は158人。同じ編成を使うサンライズ瀬戸も158人。大人ばかりで満席なら、316個のお財布がある。9時間半から13時間もお客さまを閉じ込めておきながら、その財布を開かせる手段を両列車とも持っていない。これは機会損失の最たる事例だ。レジャー産業から見ると実にもったいない。航空便ですら、1時間を超える程度の国内線でアテンダントが機内販売にいそしむというのに。
遊園地もショッピングモールも、お客さまを長時間滞在させる工夫をする。なぜか。利益率の高い飲食物の売り上げにつながるからだ。遊園地で無料のショータイムを実施したり、ショッピングモールで展示会などの催し物を開催する。お昼ご飯のついでに来たお客さんは「お茶でも飲もうか」となり、さらに時間がかかれば「夕食も済ませて帰ろう」となる。食事をするつもりがなくても、滞在時間が長ければのどが渇くし小腹も減る。目に付いたグッズを衝動買いする機会も増える。その需要を受け止める店舗はちゃんと用意されている。
滞在時間が長いほど売り上げは伸びる。これは商売では当たり前のことだ。これにならって、ネットのショッピングサイトも滞在時間を気にするほどである。だから滞在時間を延ばすために知恵を使う。それなのに、サンライズ出雲、サンライズ瀬戸はどうだ。何もせずに、お客さまを9時間半以上も滞在させている。それでいて何もしない。商売人なら誰もが「ああ、うらやましい」と思うはずだ。JRグループはそこが分かっていない。始発から終着まで眠っていると思っているのだろうか。
その結果、どうなっているか。サンライズ出雲、サンライズ瀬戸ではシャワールームの利用券を売っている。A寝台個室「シングルデラックス」には無料でシャワーカードとタオルセットも付く。これが実質的な「乗車記念品」だ。シャワールームは就寝前起床後は混んでいて、常に行列だ。並びたくないなら真夜中、睡眠を我慢するしかない。並んでいるお客さまも時間を持て余す。待合用の椅子があるけれど、ここにお菓子、歯ブラシセットの自販機でも置けば売れそうな気がする。もったいない。
●車内販売の考え方は国鉄時代のまま
なぜ、JRグループは車内販売を軽視しているか。その理由は車内販売の位置付けを「運輸業の付帯サービス」と考えているからだ。
日本の列車内販売は1987(明治30)年、関西鉄道が列車内に設置した売店が起源だ。現在のワゴン販売に通じる巡回方式は戦時中の1944(昭和19)年、官営鉄道の長距離列車で食堂車を廃止してからだ。長距離列車で乗客が腹を空かせて体調を崩されては困る。そこで40銭の「五目弁当」と10銭の「鉄道パン」を販売した。
ここから国鉄時代を経て、車内販売は輸送サービスの付帯事業と捉えられてきた。付帯事業だから利益は問わない。とはいえ、赤字では困る。国鉄は民業圧迫を避けるため、運輸事業以外は厳しく制限されていた。飲料も食事も山小屋のような割増料金であり、殿さま商売、親方日の丸の批判のタネともなった。その考え方は分割民営化しても変わらなかった。JR会社法では、政府主導の巨大企業となるJR各社に、民業圧迫を避けるための枷(かせ)をはめた。
この考えだと、モノが売れず赤字となり、代替手段があるなら廃止しようとなる。「車内販売は廃止しますよ。でも、売店がコンビニ化して充実していますから」となる。「バスがあるからローカル線を廃止してもいい」という考え方と変わらない。こうして、JRの車内販売は次々と消えていった。
JR東海とJR西日本は、新幹線「ひかり」「のぞみ」以外の車内販売を廃止している。JR九州も新幹線「みずは」「さくら」と観光列車以外は廃止。北海道も「オホーツク」「スーパー宗谷」「スーパーとかち」で全廃。「北斗」と「スーパーおおぞら」の夜間早朝便などで休止となった。
JR東日本は2015年3月に「なすの」「たにがわ」「つばさ(山形〜新庄間)」「成田エクスプレス」などで車内販売を終了した。つばさに乗って車内で名物駅弁「牛肉ど真ん中」を注文すると、在庫がなければ次の駅で積み込んでくれた。山形新幹線は過去に「カリスマ販売員」と呼ばれる人材を2人も輩出しており、ほかの販売員が1日に7〜8万円を売り上げるところ、1往復半で50万円以上を売り上げたという。それでも「ご利用状況を踏まえて」廃止である。
●若桜鉄道の車内販売は「付加価値」
鳥取県の若桜鉄道が2016年5月から車内販売を始めた。毎月第2・第4日曜に実施するという。若桜鉄道は国鉄再建法で廃止対象となり、JR西日本に移行してから廃止となった若桜線を継承した第3セクター企業だ。路線の営業距離は19.2キロメートル。所要時間は約30分。その短い乗車時間で何を売るのか。
5月8日付の産経新聞電子版(関連リンク)によれば「特産の柿を使ったロールケーキ『柿込景気(かきこみけいき)』などの食品や特製トートバッグなど、車内限定商品を含む約20種類」とのことだ。販売は地元の八頭町観光協会が行う。
若桜鉄道の車内販売は飲食中心ではない。だから官営鉄道時代から続く「運輸業の付帯サービス」ではない。土産品の販売、つまり「観光需要」に的を絞っている。若桜鉄道の乗車体験に付加価値を与える手段として車内販売がある。
若桜鉄道は運営助成基金で赤字を補填(ほてん)していたものの、収支は改善せず、2008年に基金が枯渇。沿線自治体による鉄道事業再構築実施計画について国から認定された。日本初の公有民営化であった。2009年以降は3期にわたって黒字となった。しかし、2012年度から赤字に転落。収支は悪化し、赤字は倍々ゲームで膨らんで、2014年度は3153万円の赤字だった。
その経営立て直しのために、2014年度からIT業界出身の公募社長が就任し、自治体、商工会議所、観光協会と連携した活性化の取り組みを続けている。沿線の隼駅が同名のオートバイ愛好家の聖地とされており、その縁でイベントを実施したり、観光の目玉として2007年に譲受した蒸気機関車を社会実験として本線で走行させたり。最近では鳥取県の観光キャンペーンに参加して、その蒸気機関車をピンク色に塗って話題になった。
若桜鉄道社長の山田和昭氏は、2015年8月にひたちなか市で開催された「ローカル線サミット」に登壇し、自社の課題は「客単価を上げること」と語った。地域の人口は増えない。観光客を集めて乗ってもらっても、距離が短いから運賃収入は大きく伸びない。そこで乗客の上乗せと同時に、付加価値による収入増が必要と考えていた。
私は会場でそれを聞いて「単純に、かつて国鉄が採用した2等運賃、1等運賃を採用し、運賃を2倍、3倍にすればいい」と思った。運賃が上げられない、という固定観念では話が進まない。まずは特別料金をいただく、そこからどんなサービスを提供するか考える。
隣に女子大生を乗せればセクハラというなら、民話の語り部でもいい。車窓から見える山、建物、すべての質問に答えてくれるガイド付き車両はどうだ。そう考えていかないと、閉塞(へいそく)感を打破できない。
若桜鉄道の「客単価を上げたい」に対する1つの答えが車内販売だ。鉄道直営ではないにしても、売り上げからいくらかの営業権料を得られるかもしれない。商売が上向きなら、鉄道直営でもいいし、新たな品目を抱えて2人目の車内販売を乗せてもいい。車内販売に活路があると考えた若桜鉄道は観光ビジネスとして正しい判断をしている。観光で訪れた人は、食べたいし、飲みたいし、記念品が欲しいのだ。
●レジャー産業としての車内販売にチャンス
廃れていく車内販売は「長距離客の空腹の不満を解消しよう」という運輸業の考え方である。しかし、新しい車内販売は「付加価値の提供」だ。観光列車の多くは乗車記念品を販売し、沿線の特産品を売る。その場で食べるものとは限らない。特産品という分野なら、高単価な商品もありだ。アクセサリー、衣類など、利益率の高い商品も売れる。
JR西日本もそこに気付いている。山陽新幹線では弁当など従来品のほかに、沿線由来の特選品を売る。「岡山ヒノキの定規」「新幹線柄のふきん」「新幹線柄のマスキングテープ」「うるおい肌水」「デニムトートバッグ」など、1000円以上の高付加価値商品ばかり。トートバッグはなんと4300円だ。この売り上げは好調らしい。
JR東日本は2004年から首都圏の普通列車のグリーン車に「グリーンアテンダント」を乗務させている。検札業務のほかに、飲み物や軽食、菓子などをカゴに入れて販売する。その中に車内販売オリジナルグッズとして、電車をデザインしたボールペンや玩具も売る。グリーン車に着座した人は飲食しやすい。土産物を渡す家族がいる。それを見越した付加価値戦略である。
長距離列車の付帯サービスではないから、必ずしも弁当など消費期限のある商品を売る必要はない。在庫リスクが低く、利益率の高い商品を見定めればいい。駅の売店にあるようなものは、車内で売れなくて当たり前。売れるものを売らないから赤字になる。
東海道新幹線のこだまは車内販売をしていないけれど、私が観察する範囲では、朝の東京行き上り、三島から静岡までの下りは通勤通学客が多い。しかし、弁当や土産のお菓子が売れるわけはない。では、ハンカチはどうだ。出掛けるときに忘れた人がきっといる。筆記用具はどうだ。女性向けには脂取り紙。男性にはデオドラント用品。何でも試したらいい。何しろそこはライバル店がない。そして、お客さまはズラリと並んで座っている。
サンライズ出雲、サンライズ瀬戸なら、男女問わず乗車記念品は売れそうだ。出雲大社由来、金刀比羅神社由来の旅行安全お守りとか、ロゴ入りのアメニティセット。長距離の車内に飽きた子ども向けの電車玩具、電車柄の靴下、パズルゲーム。騒いだときに口に放り込むアメ。空気枕やブランケット。資格が必要だけど国内旅行保険など金融商品、モバイルバッテリー。AmazonやiTunesなどの決済カードがあれば、車内でもスマホで買い物ができる。買い忘れた土産品を通販で手配できる。
早朝深夜の列車では絶対的に乗客が少ないから採算が合わない。そこは分かる。しかし、日中の、2時間以上も走行する列車において「車内販売の廃止」は失策だ。そこにお財布を持った人がいる限り、売れるモノを見極めれば売れる。国鉄が分割民営化して以降、JRに限らず、鉄道会社はスマートなビジネスばかりやりたがっているように見える。そんなすまし顔をしないで、もっと貪欲にモノを売りなさい。ビジネスではなく商売をやりなさい。
(杉山淳一)